エコロジーの行方

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思いついたのはずいぶん昔だが、
長いこと文章にはしなかった

なかなか文章にはしにくかった
全体がまとめにくく、かつ、説明し辛かったからだ



あ、草稿は書いたことがある

もう20年は昔。
20世紀末、大学時代の終わりに。
その時は未来から観た歴史書の体裁を取り
「エコロジー哲学史」
と名付けたが



さて、今さらそれをなぞり直して書くのもなんだが、
改めて書き直してみよう


「エコロジーの行方」

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20年前、大学時代にこの考えに至った頃は、
今と違ってまだまだエコロジーという考え方は浸透してきてはおらず、
むしろ
環境問題=公害問題
を引きずっていた

当時はスリーマイルやチェルノブイリの原発の危険性が喧伝されていた頃で、
今のように原発がクリーンなイメージで表されようとは思いもしなかった(笑)

斧の柄の 朽ちし 昔は 遠けれど・・・ *1


変われば変わるものよ



さてはて

雑談はともかく。

以前の「年代記」体裁では、
エコロジー概念の辿る歴史を前期・後期に分けて考えた

その前期後期の転回点を2050年あたりに設定していたが、
(それ自体は恣意的なものでさほど意味は無い)
それが実際いつになるのかはまぁ、よく判らない


今がエコロジーというのものの辿るであろう歴史の中で、
「前期」
にあたるのは間違いない。それ自体は変わらない



何をもって前期とするか
それは基本的に
「後ろ向き・保守的」
なエコロジーだからだね

すなわち
「変えない」為のエコロジー
そのための努力、技術

二酸化炭素の削減努力、太陽光の発電利用、二酸化炭素の排出を減らした車、原子力の利用拡大
森林保全、種の保全、環境保全、紙の使用削減

それらが全て必要なものであることには間違いない

世紀が替わってから急激に顕在化し始めた「気温上昇」というファクターを
排除・押し戻すための必要な努力

小麦の生産域の北への拡大を押さえるため
米の生産適域の北上を止めるため
気候変動による降水量の変化と砂漠化を押さえるため
海面上昇を押さえんがため
メキシコ湾流を今まで通り正しく北極海へ導くがため

すべて正しく、必要なこと


ただし
全て「後ろ向きな努力」



これら「後ろ向きの努力」の中には、もちろん
「クジラ・イルカの捕獲反対」
などというものも含まれる(笑)

それに関してはそれが妥当なのかどうかは、私は知らない
ただ、それもまた「後ろ向きの努力」




エコロジーの歴史の、これから辿るであろうその歴史の
前期を特徴付けるのはこの
「後ろ向き・保守的」さ

これがどこから由来するのか
それは・・・・・まぁ仕方のないことだがね

この時期を別の言葉で表現するならば
「断片的でまとまりのない態度・努力」(および熱意)
ということになるだろう、間違いなく。

なぜなら。
今はまだ、この地上のほとんど誰も、この事柄の
「全体像」
を把握していないからだ



だから。
「クジラを獲るな」
だの
「イルカを獲るな」
だのいうような、トンチンカンで勇敢な笑うべき行動を取ることになる

恐らくは。
4世紀か5世紀後の未来から観れば、取るに足りないというよりもむしろ意味不明な。




・・・♪低くなればなるほど 世界を一望に 全て見渡せる・・・♪ *2


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話が逸れた


前期を特徴付けるのが
「後ろ向き・保守的」で「断片的でまとまりのない努力」だと言ったが

後期を特徴付けるのはおそらく
「前向き・攻撃的」で「はっきりとした目標のある努力」
になるだろう
おそらくはそれを実現する技術も。


なんか回りくどい言い方をしているが、
上に揚げた、エコロジーというものにおける
「全体像」
とは何か




・・・・・

今まで書かなかった、書いてうpしなかった理由はここ。
「誰かもうこんなこと判ってるはずだよね?」
と、ずっと思ってるんですケド
(少なくともアメリカのNASAなんかは当然判ってるわな?)


ケド
けどもやね
ほんまにそうなんかな?誰か判ってるはずなんかな?
という思いもあってやね





「それは何かと 尋ねたら はぁ〜ベンベン♪」




ある意味バカバカしいくらいに単純というか
いや、今はまだ馬鹿馬鹿しくはないのかな

「言うは易く 行うは難し」


早い話が、今はまだ断片的なエコロジーに関する技術と知識・その蓄積がもたらす先はなにか?
ということ




海面上昇を止める?
温暖化にストップをかける?
アホぬかすな。

この技術の・この顛末の果ては。



宇宙へ続くのだから


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話が見えにくい部分もあると思います

だから説明し辛いと言うたわけ。




まとめていうと、
今、人類が立ち向かって学習しているその事態は、
名付けて




「惑星管理理論」





すなわち、これがエコロジーの完全なる全体像

これを今地球人類は学習すべく奮闘努力しているのであります

ね、
総括しちゃうとSFチックでばかばかしいでしょ?(笑)

でも現実なんですなこれが


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今後どんだけ続くのかわからない人類史の過程からみたらおそらく、
我々が
「近代」
と呼んでいるものは意味を持った
「近代」
ではなく、ただ単に時間が近いか遠いか、というだけの意味でしかなかったことになるだろう

では、我々が
「近代」
と思っているものは何かというと、
「前近代の最末期」
になるね



すなわち

「環境状態に寄生した文明段階」

「環境を管理した文明段階」

この観点から見れば、
メソポタミア文明も現代の石油文明も「環境に寄生」している点は同じ



この点において、人類文明はまだ真の技術文明には達していない


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「惑星管理理論」

このSFチックな言葉の内容を多少なりとも説明せなアカンと思います

惑星管理理論



言い換えるなら

「惑星環境維持理論」

「閉鎖環境維持理論」

というべきところ



すなわち

物質的には閉鎖系、エネルギー的には閉鎖系の環境を、動的平衡状態に導いて維持するには、
各種物質の循環および滞留の、その変数の変動範囲がどの程度許されるのか、
はたまた
それら各種変数をどのように扱うべきか
それらに係わる総括的な技術体系であるべき理論



それらの部分変数として
「大気における固定されない二酸化炭素の含有量」
が存在するわけです





・・・・・まだ話が見えないかな

なぜこれが
「宇宙へ続く道」
なのか


決まってる

ミニ地球を創る技術そのものだから






・・・・・ガンダムっぽい?
ガンダムの世界っぽい?

でも、実は全然ガンダムっぽくない

ガンダムの世界はこれらを全てすっ飛ばしてる
富野さん、全てすっ飛ばしてる
まずガンダムの世界は、これらの技術が実現されて当り前当然になってから後の話だから。

じゃないとスペースコロニーなんてそもそも出来るわけ無いもん(コストは別として)


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さて

ここから話をガラッと変えます


なぜ今のこの地球環境の変動がもたらされたか、と、
その原因、というかその本来的な意図

まぁあくまでも仮説です


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生物は、この地球に発生してから、
進化して地球のありとあらゆる場所に生息するようになりました

こういう、環境に即して進化して拡大していく「適応拡散」
生物はそういう能力を持っています




さて
地球誕生40数億年
生物誕生して30数億年、といわれています



今では地球上には、生物の生息していない環境はほとんどありません
いわば、フロンティアはもうどこにもないわけです

あるとしたら、宇宙


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さて
ある仮定をします

もし、地球が土星ほども大きくて
今の技術文明が世界の片隅に過ぎなかったら、
人類はエコロジーというような事柄を気にかけたでしょうか?

まず無いはずです

いくら高い技術文明を持ってても、
それが地球全体の環境を揺るがすほどの影響を持っていないなら、
人類はエコロジカルな技術を必要としません



反対に、
地球が月ほどのサイズだったなら、
たといメソポタミア文明やインダス文明程度の文明であったとしても、
地球環境全体を揺るがしたかもしれません
そしてその場合・・・・・
環境と一緒に文明は崩壊して今は無かったでしょう




何が言いたいかといいますと。

過去、あまたの文明が存在しましたが
(今ほどの技術文明は存在しませんでしたが)
地球環境自体は安定していました

なぜ、今この段階になって地球環境が揺らぎ始めたのか?
ということです



それは取りも直さず、
「人類の技術文明が地球環境に影響を与えるほど高度になった」
からですね

なんか堂々めぐりみたいですが、違います



なぜ、今なのか?
なぜ?
「宇宙に手が届き始めた」
今なのか?




極言しますと、これら全ては

「予定調和」

なのです




人類が宇宙に出られるほど高度の文明を身につけた=環境に影響を与えるほどの文明を身につけた

すなわち

地球環境をコントロールし得るほどの技術文明に達した証しなのです




なぜ
地球環境を壊しえる文明=コントロールし得る文明、なのか?



誰かの言葉に医者をして
「治せる人は殺せる、殺せる人はまた治せる人でもある」
というのがあります


殺す/壊す、は治すのと表裏一体なのです






では、再度、

「なぜ、今なのか?」




地球生物はその発生以来、
一貫して生存競争と適応拡散を繰り返してきました
この天体の上に、もはやフロンティアは無いのです

残るは、宙(そら)





地球生物圏の中でも
ウィルスは大気を浮遊しながら地球大気圏の縁まで上がり、
地球軌道上に航跡のように宇宙に散布されている、ともいいます

しかしながら

それは生物圏としての拡大の努力とはいえるものの、
あまりに可能性に乏しい努力といえるでしょう






それに対して人類は。

知恵をもって初期段階ながら宇宙に到達しました






それを、軌を一にしてぐらつく地球環境

そして、エコロジーという概念と技術の台頭
その果てに得られる果実は

「惑星管理理論及びその技術」

すなわち、

地球以外の宇宙空間や、他天体に地球環境を再現し永住することが可能な技術
(除・コスト。笑)





すなわち

地球生物圏そのものの
「繁殖」
です





これは偶然でしょうか?
否、
偶然ではありえないハズ


おそらくは有意味にして意図的。つまりは
「わざと」




結論するに、これは
人類というものは、
地球生物圏というものを繁殖させるための「タンポポの綿毛」なのです

すべての目的はパン・スペルミア(汎種)
人類はそのための存在なのです
(たぶん選ばれた。創られた、ではない。おそらく、だが間違いなく)





ではまた再度
「なぜ、今なのか?」

人類がいかに高度な文明を築くとも、地球から「追い出さ」なければ
地球生物圏の拡大・パンスペルミア(汎種)は望めません
すなわち、
人類は地球から「出て行く」べきなのです

そのための地球環境の「悪化」

いわば果実が熟し、破れなければ、
その種が土に達することが出来ないように(一粒の麦)





人類にとって宇宙で再現すべき地球環境。地球生物圏


それは現在、地球のみの唯一無二の存在
しかし教材は一つのみ。材料はひとつのみ
(ガンダムっぽくなってきた〜(笑))

堅牢無比では、各種の環境変数も学びようがありません
(学ばせようもありません、というべきかな)

あえてよろめきふらついて見せなければ。

揺らいで見せなければ、学ぶ必要も学ぶ教材も得られないでしょう



だから今地球環境はよろめき、傷ついているのです
それはすべてわざと。故意に。

すべて大地の女神ガイアの英慮のうちに、計算され尽くしたよろめき



「予定調和」でなくしてこれはいったいなんなのか!?





・・・・・こう考えてくると、人類は
「万物の霊長」
などとほざきながら、
大地母神ガイアの手のひらの上で、体よく意のままに転がされているのがよく判ります

あたかも、お釈迦様の手のひらから出られなかった孫悟空のように

別の言い方をするならば、
自分の主人は自分自身だといいながら実は陰で操られている懸指くぐつの如き存在






人類は宇宙進出を運命付けられた種族なのです
エコロジーとそれに伴う技術は、未来のそれらに繋がるものなのです
決して「今を維持する」為のものではありません



そのためには。
多少の生物種の絶滅や根絶、生態系の改変も許されているのです
(だ〜か〜ら。クジラだのイルカだの絶滅させたところで構わないの。管理できるならば。ね)

ましてや人類は
「地球を食いつぶす寄生虫」等ではありません

人類無しには、地球生命は宇宙に汎種することはできないのですから



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それゆえに、
人類は地球と一緒に亡びるということも考えにくいし、
文明と地球環境だけが亡びて人類自体は生き残る、ということも考えにくい
(北斗の拳やナウシカの世界)
地球は亡びて人類だけが宇宙に逃げ延びる、というのもナンセンス
(てか矛盾しててありえない。そんな技術があるなら地球は亡びないし地球が滅びての惑星管理技術もありえない)

それらはガイアの意図にはない

あるとしたら、人類もろとも地球環境を壊してのご破算。やりなおし(願いましては〜)

地球にとって100万年など一晩みたいなもの
やり直しなんてなんとでもなりますぅ
6500万年前のように。


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とまぁ、
ここまでがだいたい約20年前に考えたことです



最近、微妙な
まことに微妙な修整が入りました
ほぼ全体には無関係なような修整です


この、ここでいう
「女神ガイアとは何物か?」
ということに関して。





このエコロジーの概念

基本的には19世紀の
「進化論」
の論争の経緯を辿る、と予想してます
「思想・信条・哲学」
としては、ね





で、ですな

20年前の予測には無かったのですが、
エコロジーは神学と結びついていく
(てか、この文章の後半自体が神学的)
要素が予測されます


その名をID(インテリジェント・デザイン)といいます

ちなみに自分は一切信じません

外部の「偉大なる知性」だって!?
アホくさ。



・・・・・なぜ、生命内部そのものに存在しうる知性を考えないのかが判らない
「ガイアの女神」とは、(ザボチンスキーという名の手を持つ)生命そのものの持つ叡智

なぜわざわざ「外からの作為者」を措定したがるのかも理解不能
所詮は、聖書の創世記を科学的に誤魔化しただけのエセ科学。
ゴマカシの産物
創世記の記述そのものまるごとを信じる方がいっそ潔く、清い



が、
まぁ

IDに、似ていることは認めざるをえんね・・・・

(私は仏教徒なのでキリシタンバテレンの蝿のたかるような十字架の妄説など一切信じん)



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またしても話が逸れた



私が信じようが信じまいが、世界は動いていく

「それでも地球は回っている」





いずれ、私の考えたようなことに気付く人(または同じような考えに到る人)が出てくるだろう

それは善悪や好むと好まざるとに係わらず、
ID説(インテリジェント・デザイン説)に必然的に結びついていくだろう

それが20年前には予測していないことがら



今のエコロジーの活動は、例えば企業努力やら
盲目的でほとんど無意味なイルカの保護やら、と、
てんで断片的ながら、
将来的に、
エコロジーが攻勢的なものに変化した際に、
ID的な変化を蒙る可能性が予見される



すなわち
エコロ後進国のアメリカが、また思想的に前に出て世界を引っ張っていく可能性もあるな〜
ってこと





その際には、
今では考えられんようなことも多々引き起こされるんだろうね〜・・・・・
歴史的建造物に対するテロのような。






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さてはて
上に揚げたような説
私の説でございますが
果たして自分では信じているんでしょうか?(笑)
なかなかよく出来てると思います(笑)


陰陽五行説なんかも、よく出来てるよね〜
立派な説明システムを構築でけてるよね〜
けど

正しいかどうかは・・・・・よく出来てることと正しいこととは、実はまた別問題(笑)





お終い♪

2010年4月9日 桜散る金曜日

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*1 斧の柄の・・・・・ ← 式子内親王。「斧の柄の 朽ちし昔は 遠けれど ありしにもあらぬ 世をも経るかな」

*2 低くなれば・・・・・ ← 谷山浩子「時の回廊」

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