沖縄・首里城 / Castillo de Shuri, OKINAWA

2003年3月7日 / 7, Marzo, 2003

場所:沖縄県那覇市首里
Sitio:
Situada en un cerro al noreste
del centro de Naha
(Naha : La capital de Okinawa)

時代:紀元14?〜1945年
Era:
Siglo 16 - 1945

性格:王宮遺跡
Caracter del edificio:
Palacio de los Reyes Okinawenses

城主:歴代の琉球国王

材質:木材と石灰岩    

首里城
沖縄本島南部、小高い丘の上にある王宮遺跡

1879年の琉球処分までここに琉球王国の王府があった
先の大戦でいわゆる烏有に帰したが
1991年の首里城復元に伴って整備され
2000年に世界遺産に登録された

でもですな、
世界遺産に登録されたのは首里城の”基礎”(基壇や石垣)だけで
復元された諸建物は実は世界遺産ではないんですな、コレが


現在は漢字のまま”しゅりじょう”と呼び慣らわしているが、
元々のウチナーグチ(沖縄語)の発音では”スイグシク”
首里と書いて”スイ”と発音したのである

首里城の他にも首里周辺にはいろいろ琉球(るーちゅー)王朝の
遺跡や遺構が残っている
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「すいんちゅぉちーどーり、なふぁんちゅぉくぇどーりー、とぅまいんちゅぉしぃどーりー」
・・・意味わかりませんね?これは
「首里の人は着倒れ、那覇の人は食い倒れ、泊の人は働き倒れ」
昔の首里も京都の如く”着倒れ”だったんですな
やはり王都・マチガタ(都会)たる誇りによるもんだったんでしょう
言葉も細かく違ったようですし
(例えばウチナーグチでご飯は”メー”だが首里では”ウブン”だった)
その分、ミテクレばかりを気にする、という点もあったようですけど
余談だが、昔の首里に関する諺がひとつある

Shuri-jou

Hubo el reino de Ryukyu en la isla principal de Okinawa
desde principio siglo 16 hasta 1879.
La reina gobernado desde el castillo de Shuri.
Shuri-Jou (el castillo de Shuri), Fue la residencia real de los reyes de Ryukyu.
Pero,
Los edificios originales fue destruyendo por muchos bombarderos
desde unos barcos de guerra cunado La Segunda Guerra Mundial.
Ahora, casi todos los edficios son reconstruccines en 1991.

首里城 その1 / Shuri-jou, Primera
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