グアナファト州・州都グアナファト / Guanajuato, Guanajuato

グアナファト

この街は、メキシコに数あるコロニアル都市の中でも、もっとも美しい街といわれる
確かに、
いくつかメキシコのコロニアル都市を回っているが、それは嘘ではないと思う
間違いなくここはめちゃ美しい街です

この街が美しい美しいといわれるその理由の一つは、地形にあると思う
起伏のある地形に街が創られているので、道がぐねぐねと曲がりくねっている
その点で街並みに変化がつき、それで美しいというのもあるんではないかと
メキシコのコロニアル都市は日本の京都や札幌のように碁盤目のパターンが多いのだが



この街は、もともと銀鉱山で発展した街
その意味ではゲレーロ州の同じく美しい町タスコや北部のサカテカスとよく似ている
とくにタスコとは、地形や道が曲がりくねっている点がよく似ている

タスコと違う点は、この街は19世紀前半のメキシコ独立戦争の舞台になった有名なところであること
だからまぁ、
日本に置き換えて見るならば、グアナファトはさしずめ山口県は萩市あたりに当たるだろう



1988年世界遺産指定
標高約2050メートル



もしメキシコに行くならばカンクンなどよりグアナファトにこそ行くべきだ
ただし、ワシはもう行かん


歴史

グアナファトの名前の由来は先住民語の「カエルの丘」”クワナシュアト”から

この不毛の地に銀鉱山が発見されたのは征服後間もない1548年
ぞくぞくと人が集まり、正式にグアナファト市が創設されたのは1557年

17〜18世紀には最盛期を迎え人口は10万人にまで増加、
建設ラッシュにより周辺の山の山腹に到るまで人家が建ち並んだ
そしてその銀によって得られた富によってグアナファトに壮麗な教会や劇場が次々に立てられていった



やがて18世紀末、ヨーロッパの啓蒙思想の影響のもと
ペニンスラール(イベリア半島生まれのスペイン人)とクリオージョ(メキシコ生まれのスペイン人)の
政権と独立をめぐる争いにこの街も巻き込まれていく



1810年9月16日
イダルゴ神父ドローレス村(現在のドローレス・イダルゴ)で独立の武装蜂起を開始した
反乱軍は周辺の先住民なども巻き込みながら増大、
6日後には2万人にもなってグアナファトへなだれ込んだ

スペイン系の富豪達は穀物倉庫アロンディガに立てこもる
しかし反乱軍は農民、武器らしい武器などないため攻めあぐむ
それを突破したのが若い鉱夫ピピラ
決死の覚悟で扉を爆破し、グアナファトは陥落した

やがて反乱軍は8万人にも増え首都メキシコ・シティへも迫るが、
所詮は鍬・鎌程度の武装の烏合の衆、
統制の取れた正規軍スペイン軍の前にあえなく敗退



1811年
スペイン軍はグアナファトを奪回、イダルゴ神父等首謀者4名を捕え処刑する
その首はアロンディガの四隅に10年間さらされたという話



これがグアナファトが歴史の表舞台に立ったときの歴史
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